悪い奴ら

 宮侑がろくでもない男なんだって事は、最初からわかっていた。
 友達から聞いた話と、直接この目で見た事とで。

 友達は宮侑と付き合い始めた当初、それはそれは舞い上がっていた。
 “あの”宮侑の彼女になれたんだから、その喜びようは無理もないと思った。
 学校一の有名人にして高校バレー界のアイドル、宮ツインズの片割れ。
 その方面の雑誌はもちろん、テレビでもちょいちょい特集されていて、県内どころか全国から学校宛にファンレターが届くほどの人気ぶり。
 実力の方もしっかり伴っていて、2年生ながら二人ともスタメン入りを果たしている。
 顔が良くて背が高くてスポーツが出来て、となればモテない訳がない。

 髪の色と分け目以外では見分けがつかないほどソックリな双子だけれど、性格の方はけっこう違いがある。
 ざっくり言うと、侑の方は愛嬌があって賑やかで、治の方は落ち着いていて穏やか。
 一番の違いは、女癖。
 侑の女癖の悪さは中学の頃からの筋金入りだと、野狐中から来た子が言っていた。
 告られて顔が可愛ければとりあえずOK、ただし処女はお断り。
 エッチを嫌がる子は即バイバイ。エッチした子ともやるだけやって飽きたらポイ。
 大学生のセフレも何人かいるらしく、その事を詰ろうものなら「メンドくさい女嫌いやねん」とその場でサヨウナラ。
 そんな噂が広まりまくっているにもかかわらず、宮侑に告る女は後を絶たない。
 私の友達もその一人だった、という訳だ。



 噂は本当だとすぐわかった。
 友達と宮は付き合って三日目には初エッチをした。
 浮かれモードの彼女からノロケ話を聞かされていたバーガーショップに、他の女とベッタリ腕を組んだ宮が入って来たのが五日目の事。
 呆然としている友達と目が合うと、宮は悪びれた様子もなくヒラヒラと笑顔で手を振り、その後はしれっとテイクアウトの袋を提げて女と一緒に出て行った。

 友達は「あー」と小さく呻いてテーブルに伏せた。
 わかっとった、さんざん聞いとったし、と腕の隙間から声が聞こえた。アレ多分、大学生のセフレや、と。
 アンタそれでええの、と訊ねると、彼女は力が抜けた声で言った。
「嫌やけど、文句言うたら即オシマイやで?そっちの方が嫌や。まだ別れたない」
「そぉか。アンタがそう言うなら、私は何も言わへん」

 むくりと起き上がった友達は、冷えたポテトをむしゃむしゃと食べ始めた。
「は~。一昨日初エッチして、今日もうセフレとうてるトコにバッタリとか……夢見る暇も与えてくれへんなんて、神様ヒドイわ~」
「ヒドイんは神様やのうて宮やろ」
「言わんといてぇぇぇ」
「そないに好きなん?」
「好きや。悪い男て、魅力あるやんか。エッチ上手いしなー」
「あーね。言いたい事はわかる。エッチが大事なんもわかる」
「せやろ?もー、のそういうトコ好きやわ~。今エラそうに説教されたり正論ぶたれたら、キレてまうわ私」

 ショックはショックだったのだろうが、友達はケラケラと笑ってそう言った。
 宮に告ると決めた時点でこういう事態は彼女も想定済みだったし、『いつポイされてもいいように、付きうてる間は思い切り楽しんだる!』と、告白をOKされた時の報告LINEでも宣言していた。
 セフレのひと美人やったなぁ、とポツリと言った時だけは、さすがに少しつらそうだったけれど。

 結局、友達と宮の付き合いは1カ月で終わった。
 彼女はちょっとだけ泣いて、ケーキバイキングでやけ食いをして、それで立ち直った。半月もする頃には、今度はバスケ部の誰それがいいと騒ぎ始めたのを見て、私もホッとした。



 そのバスケ部の人と首尾よく友達が付き合い始めたのは、夏休みに入る直前だった。
 なかなかのラブラブっぷりで、インターハイで決勝まで進んだ男バレの全校応援に行った時も、彼女は宮の事なんてなかったように彼氏と一緒に声援を送っていた。
 悪い男が好き、と言っていたのもどこへやら、今度の彼氏は真面目っぽい子。

 ――宮もバレーしてる時はマトモなんやけどな。

 純粋スポーツ少年にしか見えない宮も、女をとっかえひっかえする宮も、どっちも本当なんだろう。
 いつかは宮にも本気で好きになる相手が出来るんだろうし、それを“夢見る”から、悪い噂をどれほど聞いていても、宮を諦めきれない女が次々に現れる。

 ――夢見る暇も与えてくれへん――

 幸せそうな顔で彼氏と並んでいる友達を見て、それで正解だったんじゃないかと思った。

***

 両親がお盆休みで母の故郷の北海道に出発した日の夜、私は一人バーガーショップで夕食を摂っていた。
 私に会いたがっている祖父母には悪いと思ったけれど、この年になると自由を満喫したい欲の方が強い。
 スマホでニュースサイトを見ながらシェイクを啜っていると、不意に頭上から声が降って来た。
「あれ?自分、なんやっけ、あのー、アイツ、」
 その後に続いた友達の名前で目を上げると、同じ顔が二つ。
「せやせや、アイツと仲良しのちゃん!ちゃんやんな?」
 そう言って笑っている宮侑と、隣に宮治。

「コンバンハ。侑君、治君」
「どーも!久しぶりやなぁ。あ、ここ座ってええ?」
「うん、ええよ」
 差し向かいに座った侑に、治が「俺、先帰るわ」と言った。
「なんやねん、付き合い悪いなー!むさ苦しい男二人でモサモサ食うより、かわええ子と食うた方が飯も美味いやんか!」
 侑が膨れっ面をすると、治は「そらそうやけども」とダルそうな顔をした。
「はよ風呂入って寝たいねん。やから、だけゆっくりしたらええわ」
「しゃーないな、わかった。ほな、注文だけ一緒にしよか~」
 カウンターに向かった双子は、ばかでかいテイクアウトの袋を提げて出て行く治と、大量のバーガーとサイドメニューをトレイに乗せて戻って来た侑とに分かれた。

「えらい量やね」
「そうか?俺よりの方が食うけどな」
「うん、ごっつい袋提げとったな」
 いただきますー、と手を合わせた侑は、ガツガツと片っ端からポテトやらナゲットやらバーガーやらを平らげていく。
「アイツ元気にしとる?」
 友達の事を聞かれて、私はコクリと頷いた。
「今はバスケ部の子と付きうとるよ」
「へー。ええやん」
 さして興味もなさそうな様子でそう言って、侑はコーラをゴクリと飲んだ。
 上下する喉仏が色っぽい。無造作に動く大きな手も、半そでのシャツからむき出しになっている男らしい腕も。

「そないに食べて、晩ご飯入るん?」
 形の良い鼻梁を眺めながら訊ねると、侑は「んーん」と首を振ってから口の中の物を飲み下した。
「オトンもオカンも明後日までおらんねや。墓参り」
「ああ、ウチと一緒やな」
ちゃんトコもか」
「ウチの親は火曜日まで帰ってぇへん」
「たまにはええよな。ちょお洗濯とかめんどいけど~」
「あはは。部活やっとったら、洗濯物多そうやもんねぇ」
「めっちゃ多い。毎日洗わんとエライ事になるから、絶対サボんなってオカンにクギ刺されてん」

「明後日まで頑張りや」
「んー、うん」
「治君にやらせようとか思とらん?」
「なんでバレんねん!」
「なんとなく」
「怖っ!カンがええ女は怖いわ~」
「ふふふ。浮気とかすぐバレてまいそうで怖いんやろ?」
「あ、心外やぁ。俺、浮気はせぇへんで?」
「嘘やん」
「ほんまやって!」

 じゃあアレはどういう事だ、と丁度この店で友達と一緒だった時、侑がセフレと連れ立っていた事を聞いてみれば、「セフレは浮気とちゃうやん」とケロリとした顔で言われた。
「どういう理屈やのソレ」
「やって、セフレは彼女やないし」
 堂々と言い切って、侑は三個目のバーガーにかぶりついた。
 罪悪感の欠片もないその表情を見ていたら、笑いがこみ上げて来た。

「っ……ははは!侑君、エエな。めっちゃエエわ」
「おぉ?それ、どういう意味?……てか、侑でええよ。クンとかこそばいわ」
 モグモグやりながらこちらを見る、その目つきはたっぷりと色を孕んでいる。
 こいつは確かに、悪い男だ。
 そして、私は悪い女だ。
 だから今、この場にふさわしい返事をした。

「侑が思てる通りの意味や」
「ほーん」
 ニヤリと笑って一口飲んだコーラを、侑はそのまま私の口元に押し付けて来た。
 素直にストローを含んで、私も一口。少し氷が溶けていて薄い。
 テーブルの上に置いていた手を、ゆっくりと掴まれる。
 一本一本指を合わせて絡めていく間ずっと、侑は楽しそうな顔をしていた。
「俺な、彼女おんねん」
「知っとる。今は確か、3年の人やんな?」
「うん。せやからちゃん」

 セフレにならへん?
 無邪気な、としか言いようのない顔でそう言われて、私はまた笑った。
 ええよ、と答えると、グイと頭を引き寄せられて、そのまま唇が重なった。



 宮侑がろくでもない男なんだって事は、最初からわかっていた。
 悪い男は、大好きだ。

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