10

 10月に入るとさすがに気温も下がって、爽やかで過ごしやすい時期になった。
 治にとってはまさに食欲の秋で、普段以上に美味い美味いと様々な物を食べ漁る季節でもある。
 その10月の5日は、俺と治の誕生日だ。
 いつもより豪華な夕飯を楽しみに、毎年この日ばかりは自主練もせず、7時には家に着くようにしている。
 母親に命じられて、今年はを招待した。もちろん俺に異論があるはずもなく、数日前からソワソワと待ち遠しかった。

 朝練終了後、晩飯なんやろなーと治と話しながら教室に向かう途中、後輩やら先輩やら同級生やら、ファンの女連中から次々にプレゼントを渡された。
 こういう時は必ず誰かしらが“おまとめ用特大袋”をくれる。教室にたどり着く頃には、俺も治も両手に提げたその特大袋が一杯になってしまった。
 仕方がないので一旦教室にカバンだけ置いて、二人で部室へとUターンした。教室内にもロッカーにも、こんなバカでかい袋を置く場所なんてないのだからどうしようもない。

 部室に戻るまでの間にまたプレゼントを受け取って、部室の隅っこに二人分の大袋4つを置いて、再び教室に向かう道中でもさらにいくつか受け取って。
 追加でもらった分を廊下でロッカーに突っ込んだら、ようやく朝の集荷業務完了。

 去年は他校生や女子大生のオネエサンたちが校門前で待ち伏せていて、ちょっとした騒ぎにまでなった。
 今年は見張りの先生が出張って部外者を追い払っているから、まだこの程度で済んだのだと思う。気持ちはありがたいけれど、正直面倒くさいし疲れる。
 だから、これはプロになった時のファンサービスの練習だ、と思う事にしている。じゃないとやっていられない。
 プロって大変~と思いながら、俺は教室の扉を潜った。



 風呂は後でゆっくり入る事にしてシャワールームでざっと汗を流し、ワクワクしながら帰宅した俺と治は、食卓いっぱいに並んだ料理を見てハイタッチをした。
 手洗い、うがい!と母親にせっつかれ、それが終わったら着替え。
 持ち帰った大量のプレゼントはとりあえず机の下に突っ込み、ああ腹減ったあ、死ぬう、と治と言い合いながら制服を脱いでいるうちに、階下でインターホンの音がした。

 期待通り、晩飯はめちゃくちゃ美味かった。
 母親の頑張りと愛情が伝わる山ほど用意された手料理も、奮発してくれた特上寿司も、が母親と示し合わせてサプライズで用意してくれた手作りケーキも、全部全部美味かった。
 両親から贈られた最新モデルのスニーカーも嬉しかった。
 最高の誕生日、と言ってもいい。
 けれど。

 を送っていく道々、俺の気分は上々とは程遠かった。
 ――いや、ワガママなんはわかっとる。
 美味しい手作りケーキだけでも十分喜ぶべきなのはわかっている。
 ケーキは治と二人で一個だったけれど、一人一個のホールケーキなんて貰っても食べきれないのだから仕方がない。
 ――けどアレがなぁ。

 母親に続いてが渡してくれたプレゼントは、治とデザイン違いのスポーツタオルだった。
 もちろん、お礼は言った。顔に出さないように、喜ぶフリもした。
 でも、正直ガッカリだった。
 タオルそのものは部活で毎日使えるから嬉しかったけれど、プレゼントまで治と同列に扱われたのがどうしても引っ掛かって、面白くなくて、心から喜ぶ気持ちにはなれなかった。

 ――まさか、の方がエエとか思とらんよな?
 そんな馬鹿げた考えまで浮かんでくる。
 一度浮かんでしまえば負の連鎖で、治と話している時の方が楽しそうだった気がしてくるし、治に話しかける回数の方が多かった気もしてくるし、勉強を教える時も治と距離が近すぎじゃないかとか、その他諸々。



「……侑、なんや機嫌悪ない?」
 そう言われて、繋いでいた手がビクッと反応してしまった。
「そんな事あらへん」
 ごまかすように指を絡め直して作り笑いを浮かべたら、がピタッと足を止めた。
 何、と聞くよりも早く、空いている方の手が伸びて来て、ぺたりと頬に触られた。
「侑は思てる事がぜーんぶ顔に出る」
「そ、そんなんとちゃうし!」
 口だけは威勢よく返したものの、じっと目を見詰められると視線が泳いでしまう。
 居心地悪っ、と思っていると、クスッと笑う声がした。

「……最初に好きになったんは、そこやった」
「え?」
「1学期の席替えの日、治君から電子辞書借りて、間に合ったーホッとしたー、て全部顔に出とるんが可愛いて、私が言うたん覚えてる?」
 忘れる訳がない、あの日。
「覚えとる」
「そっか、嬉しいなぁ。……あの時が始まりやってん。ああこの人、なんて素直なんやろて。それから毎日話すようになって、話すたびに、見るたびに好きになってった。楽しい時は楽しい、嬉しい時は嬉しい、退屈な時は退屈、侑はいつも素直で正直や」
 ふふ、と笑う顔にちらっと目を向けて、でも今度は照れくさくてまたすぐ逸らした。

 頬を軽く撫でていた手が離れて行って、入れ替わりに唇が触れた。
 好き、と行為で告げられた瞬間、さっきまで頭に浮かんでいた馬鹿すぎる考えが霧散した。
 繋いだ手をそろりと解いて、抱きしめて、唇を重ねて、何度も。
 何度も、好きだと言葉以外で伝え合う。

 やがて、背伸びをしていたの踵がゆっくり地面へと戻って行って、胸元から声がした。
「侑が生まれて来てくれて良かった。……ありがとう」
「うん。……俺も今、生まれて良かったて思とる。ありがとうな」
 ふんわりと柔く笑う顔を見ていると、燻っていた不満もすっかり消えて、やっぱり今日は最高の誕生日だと心から思えた。
 ところが、そこで終わりじゃなかった。



「誕生日、おめでとう」
 二度目のその言葉と共に、がリボン付きの小さな包みを差し出した。
「へ?プレゼントなら、もうたやん」
「あれは公の場での、って言うか?侑と治君二人のお祝いの席やのに、差を付けるんは失礼になる思て、別に用意しとってん」
 ぽかんと口を開けている俺に、はクスクスと笑った。
「侑が機嫌悪かったん、そのせいやろ?タオル渡した時、微妙な顔しとったもんね」
「!!!!」
 バレてたーーー!と心の中で絶叫した。
 の心遣いにも気付かず、拗ねて不貞腐れていた自分が猛烈に恥ずかしい。穴があったら入りたいどころか、穴を掘って埋まりたい。

「ほら、う開けてみて」
「お、おう」
「気に入ってもらえるとええんやけど」
 いそいそと包みを開いてみれば、革製品で人気のブランドのパスケースだった。
「おおお、カッコええやん!ありがとう!むっちゃ嬉しい!明日から使う!」
「えへへ。喜んでもらえて良かった。実は、イロチで私もうてしもてん」
 ピンク色のそれをバッグからちらりと出して見せて、は照れたように笑った。目立たないお揃いアイテム、というのが嬉しさの後押しをする。

「これ、高かったんちゃう?」
「確かにお小遣いで買うんは厳しいけど、こういう時のための貯金デスヨ」
「貯金使うたんか。……ほんまにありがとう。お前の誕生日、楽しみにしとって!絶対喜ぶモン贈ったる!」
「私が一番喜ぶモンは、もう毎日うてるよ」
「は?もう毎日?……えっ?なん、それ」
「侑」
「ん、なに?」
「せやから、侑やって。侑がおってくれるんが、一番嬉しい。一番の贈り物、毎日うてる」

 そんな言葉を、心底嬉しそうな顔で言われてしまったら、もう。
「……お前……お前ほんまにええ加減にせえよ」
「えっ、なんで!?なんでキレてるん!?」
「ちゃうわ、あほ。……好きや。……好きや、どあほ」



 それでなくても泣きそうだったのが、抱きしめたらそれがもっと増して、鼻の奥がツンと痛くなった。
 足りない。もどかしい。
 言葉でも、抱きしめても、キスしても、全然追い付かない。
 もっともっと、もっと好きだって伝えたいのに。

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