その日の部活は、タイミングが良い事に学校側の都合で自主練休止を言い渡された。
帰りのバスの中でと8時半に迎えに行く約束を交わし、晩飯、風呂と済ませて家を出て、時間通りに玄関先で落ち合った後は、近場のファミレスへ向かった。
ドリンクバーで適当に飲み物を選んで、差し向かいに腰を落ち着けてから、まずはこの話を、と俺から口火を切った。
「今日、やっぱ告られたん?」
「うん。侑の事はもちろん知っとったけど、急に転校する事が決まったらしゅうて、その前に言っておきたかったんやって」
「あー、そういう感じか」
「断るんは当然として、なんて言うか……向こうには申し訳ないんやけど、なんやこう……」
言い淀んでいるの表情を見て、なんとなく察した。
「重いっちゅうか、背中にベタッと何か貼っ付けられたような気ぃすんねやろ?」
「それや!上手い!」
「フッフ。それなりに場数踏んどるからな」
「さすがやぁ。侑くらいモテまくってたら、こういうんは嫌ってほど経験あるんやろなぁ」
の口調に嫌味は全くなかったが、ちょうど良い流れだ。
「なぁ」
「ん?」
「お前もヤキモチ焼いたりするん?」
「そらするよぉ、人間やもん」
「マジか。俺、自覚ないねんけど、気ぃ付けたいから教えて。どういう時に焼くん?」
「や、侑が気ぃ付ける事とちゃうねん。相手の子も悪気があってやっとる訳やないてわかってるし。ほら、距離が近い子っておるやんか」
そう言われて頭に浮かんだのは、“派手”と言われるタイプの連中。
気にした事なんてなかったけれど、「このリップええやろ」とか、「昨日マツエクしてん」とか、キャッキャと見せて来る時は確かに距離が近いかもしれない。
「ケバめの奴らか?」
「うん、オシャレさんな子らな。あの子ら、誰にでも距離近いやん。侑に対してだけやないし、一々気にしてもしゃーない思てんけど、やっぱりムキーッてなってまうねん」
「可愛いなオイ。なんで黙っとったんや」
緩んだ口元でそう言うと、は嫌そうな顔をした。
「ちぃとも可愛くない!そういう時、ブスになっとるなぁてわかるもん。せやから、言いたない」
「いやいや、可愛いで?」
「嘘やん」
「嘘やないよ。お前も焼いてくれとったんやなぁて、嬉しいしホッとしたもん」
「えぇー?」
「俺ばっかりて思てたからなぁ。学祭の時もくだらんヤキモチ焼いたし、治にはノート借りたぐらいで騒ぐなんて心狭いだのケツの穴小さいだの言われたし、今日は目の前で呼び出されとるん見て、なんやアイツ、てイラついたし」
「ノートの事、そないに怒ってたん?」
「治にはめっちゃ文句言うた。俺の留守中に何しとんねん!て腹立ってもうてな」
「ごめん。治君は侑の兄弟やから、大丈夫や思うとった」
「うん、せやで。他の男やったら、もっとムカついとったわ」
「ごめんね」
「いや、済んだ事はええんや。それより、これからの話がしたい」
「これからの話?」
「うん。やから、今日会いたかってん」
5時間目の授業中に考えていた事を伝えている間、は飲み物も口にせず、真剣な顔で俺の言葉に耳を傾けてくれていた。
それから俺たちは、それぞれに隠したくて黙っていた各々の嫉妬心について、かなり突っ込んだ部分まで話し合った。
どの程度の肉体的、心理的接触なら許せるのか、許せないのか。どんな場面で、どんな事を嫌だと感じるのか。
時と場合にもよるし、相手にもよる事だから一括りに出来ないところも多かったけれど、正直な気持ちをぶちまけ合っただけでも、充分すぎるくらい有意義だった。
その結果、俺たちは二つだけ約束を交わした。
他の異性に関する出来事はどんなに小さな事だと思っても、相手にとっては違う可能性もあるから、基本的に隠し事はなし。
それに限らず、お互いの事で何か思うところがあった時は、一人で考え込まずにその都度今回のように話し合う。
シンプルな結論だ。
「全部ぶっちゃけたら、なんやスッキリしたぁ」
そう言って笑ったは、冷めているであろう紅茶をひと息に飲んだ。
「俺もや。ありがとうな」
「こちらこそ。こういう機会作ってくれて、ありがとう」
「これからも、なんでもぶっちゃけてこ。俺、お前とはずっと一緒におりたいから、よろしゅうに」
「私こそ、よろしゅうお願いします」
ぺこ、と二人してお辞儀をして、顔を見合わせて笑った。
「あんな、侑」
がそう言ったのは、雑談が途切れた時だった。
「ん?どした?」
「私も、話しておきたい事があんねん」
椅子の上でモゾモゾと座り直したは、何やら緊張した面持ちをしている。
「なんや、言うてみ?」
「うん、えーと、その……24日なんやけど、部活はいつも通りやんな?」
「おん。クリスマスやから自主練はナシやけど」
「そっか。……25日も、いつも通りやんな?」
「午前中は補習で、部活は午後からやな」
「じゃあ、朝練はないんやね」
「学校休みの日は朝練もないで。どないしたん?部活の予定聞くなんて珍しいやん」
「あー、うん……24日な、もし良かったら……うち来ぇへんかなぁ思て」
「おぉ、俺もちょお会いたい思うとったんや。夜になってまうけど、ええか?すぐ帰るよって」
「夜でも、すぐ帰らんでもええねん。……誰もおらんから」
俺はその時、かなりの間抜けヅラをしていたと思う。
「は?……え?誰もおらんて……」
「あんな、お母さんの友達がな、旦那さんとホテルでクリスマスディナー予約しとってんけど、なんや急に都合悪なって行かれへんて、代わりにうちの親が行く事になってん。スィートルームの予約もしとるからて、泊まりで」
ものすごい早口で一気にそう言ったは、ぺたっとテーブルに顔を伏せた。
呆気に取られていた俺がの言葉の意味を理解するまで、少し間が空いた。
そして理解するのと同時に、心臓がドクンと大きく脈を打ったような気がした。
はまだ突っ伏している。ゆっくり手を伸ばして髪に触れると、サラサラとこぼれ落ちたその隙間から、赤くなっている耳が目に入った。
途端に湧いてきた加虐心が命ずるまま、その耳元に口を寄せて小声で訊ねた。
「泊まってもええの?」
「……うん」
「約束、覚えとるんよな?」
「……うん」
「顔、見せて?」
「……あかん」
「見せてくれんと、ここでちゅーする」
「えっ!?」
がば、と飛び起きたその顔はやっぱり真っ赤で、たまらず噴き出したら強かに肩口を叩かれた。
「あーかわええ。むっちゃかわええ」
ニヤニヤしながら頭を撫でると、は赤い顔のままブツブツと言った。
「薄々は感じとったけど……侑ってドSやんな」
「うん、楽しみにしとって。期待は裏切らんから」
「そんな期待はしてへん!」
「じゃあどんな期待しとるん?具体的に教えてや」
「どんな、て……別に、期待とか、そんな……」
もごもご口ごもっている様子が可愛くて、余計に苛めたくなる。
もう一度、コソリと囁いた。
「抱きつぶす、て俺言うたよな?そういう期待しとるんちゃうの?」
「っ!……あほ!」
「あた!」
頭を叩かれて、今度は俺がテーブルに伏せて爆笑した。
「侑は声もずるいねん!わかっててやっとるやろ!……ってちょお、笑いすぎや!」
ペシッと頭にもう一発。もちろん全然痛くない。可愛い。
ようやく俺の笑いが収まる頃には、はムスッとした顔で三杯目の紅茶を飲んでいた。
膨れているくせに、俺にもちゃんとおかわりを持って来てくれているあたりが、らしくてまた笑いそうになる。
「俺、幸せやわ。彼女は可愛いし、最高のクリスマスになりそうやし」
そう言うと、はあっさり機嫌を直してふわりと笑った。こういうところが、本当に好きだなと思う。
「出来たら、晩ご飯も一緒に食べたいねんけど、どない?」
なぜかちょっと言いにくそうにそう切り出されて、俺は破顔した。
「飯も?そら嬉しいなぁ」
「けど、お家でもご馳走用意しはるんちゃう?」
「前もって言うといたら問題あらへん」
「やったぁ、嬉しい!お料理頑張る!ケーキも作る!」
「うわ、それヤバい!めっちゃ楽しみやわ!」
を送り届けた帰り道、ともすればニヤつきそうになる口元を何度も必死で引き締めた。
――クリスマスがこない楽しみなん、ガキの頃以来やなぁ。
その日の事を思うと、頭の中身がワタアメか何かになってしまったような、フワフワした気分でいっぱいになった。
部活が終わった後にプレゼントだけ渡して帰るつもりで、ネットショップで注文しておいて正解だった。
抱えていた事を打ち明け合ったのも、本当に良かった。前よりずっと、近くなれた気がするから。
24日になれば、もっと深い部分で距離を縮められる。
心も体もまるごと全部、ようやく。本当に、ようやく。